「美白の女王」として知られた鈴木その子さんは、2000年に68歳で亡くなりました。
この記事では鈴木その子さんと、彼女が代表作である「やせたい人は食べなさい」を著述するきっかけとなった息子さんのお二人の死因についてまとめています。
【簡単な回答】
- 鈴木その子は風邪をこじらせた後、肺炎で亡くなった
- 鈴木その子が体調を崩しがちになったのは1999年にイレウスを発症してから
- 鈴木その子の職業は料理研究家
- 鈴木その子の息子は拒食症だった
- 鈴木その子の息子の直接の死因はベランダで倒れてからの転落死
- 鈴木その子は息子を救えなかった後悔の念から「鈴木式ダイエット法」を考案した
- 鈴木その子が創業した会社は「数式会社ソノコ」として現在も続いている
- 「SONOKO」の食品や化粧品は、銀座の直営店やオンラインショップで購入できる
詳しい記事は以下からご覧ください
鈴木その子の死因は?

鈴木その子さんは死の前年である1999年3月に麻痺性イレウスを発症して以来、体調を崩しがちになっていました。
麻痺性イレウスとは:腸の運動がマヒすることにより、腸管の内容物の流れが止まってしまう症状
その子さんは1999年当時、テレビ出演や会社経営などで忙しく自律神経のバランスが完全に崩れた状態にあったようです。
1999年1月に麻痺性イレウスのために緊急入院したものの、17日後に退院して仕事に復帰しました。
退院直後にはトレードマークの美肌メイクで満面の笑みを見せ、治療のために絶食したことで「お腹の中がすっかり綺麗になったわ。」と語っています。

入院はともかくもっと休養をとるべきだったよ
腸が完全に回復する前に過密なスケジュールに戻ってしまったことで、その後は慢性的な体調不良に悩むことになってしまったようです。
このイレウスの時にしっかりと休養を取って体調を戻していれば、翌年に風邪をこじらせて肺炎にかかるようなことはなかったのかもしれません。
鈴木その子の息子の死因は?
- 生年月日:1955年5月~1965年5月
- 享年:20歳(1976年5月没)
- 既往症:拒食症
- 死因:ベランダで倒れたことによる転落死
当時予備校生だった康之さんは「細いジーンズが履きたい」という動機から極端なダイエットをはじめ、拒食症に陥っていました。
食べては吐くという行為を繰り返していたために、極度の栄養失調と貧血を起こしている状態だったようです。
死の当日もマンションのベランダでめまいを起こし、それが原因でベランダから転落してしまったのだという事が、「SONOKOオンラインショップ」や2020年12月5日配信の「AERA」の記事で確認することができます。



こんな事故、つらすぎる!
この康之さんの死に。その子さんは「自分が料理研究家であるのに、料理によって息子を救う事が出来なかった。」と強い衝撃を受け、激しい後悔にさいなまれました。
この激しい後悔がその子さんに「鈴木式食事療法」を完成させ、代表作である「やせたい人は食べなさい」の著述につながる大きな動機となりました。
鈴木その子の旦那ってどんな人?
鈴木その子さんは短大を卒業するのと同時に親御さんのすすめでお見合い結婚をします。
お相手は事業家の鈴木康郎さんで、お二人の間には一男一女が生まれました。
鈴木その子さんは40代初めまでは康郎さんの奥様として、専業主婦をしていたようです。
下の画像は専業主婦時代のその子さんです。





女優さんみたい!
康郎さんの事業の内容までは確かめることができませんでしたが、「住み込みのお手伝いさんの縁談を見つけて、嫁入り道具まで世話」していたと言いますから、相当に裕福な家庭であったことは間違いないでしょう。
鈴木その子の職業は美容家ではない?
「美白の女王」として知られるその子さんですが、別に「美容家」や「美白タレント」というわけではありません。
その子さんは料理研究家であり、「株式会社トキノ」を経営する実業家でもありました。
- 本名:鈴木荘能子(すずきそのこ)
- 生年月日:昭和7年(1932年)1月20日
- 享年:68歳(2000年12月5日没)
- 最終学歴:学習院女子短期大学 食品化学科卒業
- 旧姓:山中
- 配偶者:鈴木康郎
- 子供:長男(康之)
長女(まゆみ)
1974年にレストラン「トキノ」をオープン
その子さんは相続した遺産を元手に、1974年7月に銀座6丁目で新日本料理「トキノ」というレストランをはじめました。
初期の「トキノ」は一般的なレストランで、健康志向やダイエット志向のお店ではなかったようです。



なんか、意外…美白とダイエットの人だと思ってた
1976年にレストラン「トキノ」をリニューアル
康之さんの死の衝撃によって「鈴木式食事療法」を考案したその子さんは、「トキノ」を鈴木式の料理を提供する店としてリニューアルしました。



きっと息子さんへの後悔を昇華させたんだね
1980年に「やせたい人は食べなさい」出版
- 炭水化物をしっかり食べる
- 徹底した油抜きの調理
- 食品添加物を避ける
- 1日3食と間食、夜食を撮る



炭水化物はしっかり食べるんだ…
最近流行りの「炭水化物抜きダイエット」と違い、白米などの炭水化物をしっかりとることに特徴があります。
油分はできるだけ取り除き、特に調理には用いません。
間食は食べていいのですが、油分の少ない和菓子などが推奨されています。
1984年トキノ会発足
トキノ会では鈴木式ダイエットの正しい知識の普及と会員同士の交流などを行っていました。
鈴木その子さんの講演会だけでなく、医師や専門家による健康講座、新製品の試食や会員限定でレストラントキノでの試食会などが行われていたようです。



トキノ会は現在でも「SONOKOオンラインショップ」で開催されているよ
1985年通信販売を開始
炭水化物をしっかりとるので満腹感があり、栄養バランスにも留意する「鈴木式ダイエット」はリバウンドしにくいなどの利点もある一方、レシピを見て自炊しなければ成立しがたいという難点がありました。



忙しい時や家族と暮らしてると厳しいか・・
通信販売で献立をセットで購入できるようになったことにより、「自炊」という大きなハードルが消え、手軽に鈴木式ダイエットを試せるようになったようです。
この通信販売は現在でも「SONOKOオンラインショップ」として続けられています。
鈴木その子の死後、社名を「株式会社ソノコ」に変更
株式会社ソノコの名前は、創業者鈴木その子さんにちなんだものです。
- 食品添加物不使用の食品
- 6つの無添加ポリシーに沿って作られた化粧品
- 安全、安心を重視したサプリメント
銀座にある「SONOKO CAFE」では各種食品の試食や、美容に関するカウンセリング、SONOKO商品の販売などを行っています。
2001年ごろまでは、その子さんの娘さんであるまゆみさんが名誉会長を務めていたことがわかっていますが、2005年に創業一族は経営から手を引いたようで、現在は会社に関わってはいないようです。



2001年度の高額納税者番付に「化粧品食品販売会社名誉会長」の鈴木まゆみさんの名前があるよ
まとめ
鈴木その子さんとその息子さんの死因や、その子さんの起こした事業などについてまとめました。
【簡単な回答】
- 鈴木その子は風邪をこじらせた後、肺炎で亡くなった
- 鈴木その子が体調を崩しがちになったのは1999年にイレウスを発症してから
- 鈴木その子の職業は料理研究家
- 鈴木その子の息子は拒食症だった
- 鈴木その子の息子の直接の死因はベランダで倒れてからの転落死
- 鈴木その子は息子を救えなかった後悔の念から「鈴木式ダイエット法」を考案した
- 鈴木その子が創業した会社は「数式会社ソノコ」として現在も続いている
- 「SONOKO」の食品や化粧品は、銀座の直営店やオンラインショップで購入できる
「美白の女王」として知られた鈴木その子さんの職業は「料理研究家」で「会社経営者」です。
鈴木その子さんは短大卒業後すぐにお見合い結婚をし、1男1女に恵まれました。
40代初めまでは専業主婦をしていましたが、父の死で遺産を相続したことをきっかけに銀座にレストラン「トキノ」をオープンします。
予備校生だった息子さんが拒食症からくるめまいでベランダから転落死したのち、「料理家であるのに料理で息子を救えなかった」という後悔から「鈴木式食事療法」を考案。代表作である「やせたい人は食べなさい」がミリオンセラーとなり、「鈴木式ダイエット」として一世を風靡しました。
鈴木その子さんはやがて「美白の女王」と呼ばれて連日テレビに出演するようになりますが、忙しさから麻痺性イレウスを引き起こします。
イレウスによる入院は17日間で退院し、仕事に復帰しましたが、この頃から体調を崩しがちになり、2000年12月に風邪をこじらせたことから発症した肺炎により亡くなりました。
会社は社名を「株式会社ソノコ」に変更し、現在は鈴木その子さんの娘のまゆみさんが名誉会長を務めています。










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