ラオ・ロンジー(労栄枝)の顔画像や現在は?中国版・福田和子の逃亡劇真相!

ラオ・ロンジー(労栄枝)の顔画像や現在は?中国版・福田和子の逃亡激真相!

「金曜ミステリークラブ」で中国版・福田和子と呼ばれ、中国全土に衝撃を与えた労栄枝(ラオ・ロンジー)が取り上げられます。

元教師という経歴を持ちながら、恋人・法子英とともに連続強盗・誘拐・殺人事件に関与し、約20年もの逃亡生活を続けたことで大きな注目を集めました。

さらに、美貌や別名を使った潜伏生活、そして中国最新の顔認証システムによる逮捕など、その半生はドラマのようだとも言われています。

この記事では、労栄枝の顔画像やプロフィール、事件の全貌、20年逃亡の実態、現在の状況、そして「中国版・福田和子」と呼ばれる理由まで詳しく解説します。

【この記事のまとめ】

  • 労栄枝は元教師から連続強盗・誘拐・殺人事件の共犯となった中国人女性
  • 1996年〜1999年に法子英と共に4件の事件を起こし、計7人死亡と認定
  • 約20年間“雪莉”などの偽名を使い逃亡
  • 2019年に福建省厦門で逮捕 2021年に一審死刑、2022年に二審でも維持
  • 2023年12月18日に死刑執行済み
  • 長期逃亡や水商売での潜伏生活から「中国版・福田和子」と呼ばれた
目次

ラオ・ロンジー(労栄枝)の顔画像やプロフィール

ラオ・ロンジー(労栄枝)は、もともと中国・江西省九江市出身の元教師です。

幼少期から学業が優秀で、ピアノや絵画の才能にも恵まれた人物だったとされていますが、21歳の頃に法子英と出会ったことで人生が大きく変わりました。

  • 1974年、中国・江西省九江市生まれの元教師 幼少期から学業優秀
  • 15歳で九江師範学校へ進学し、卒業後は小学校教師として勤務
  • 21歳頃に法子英と出会い、教師を辞職
  • その後、法子英とともに連続強盗・誘拐・殺人事件に関与したと認定された
JBpress

江西省九江出身で“才色兼備”と呼ばれた少女時代

ラオ・ロンジーは1974年、中国江西省九江市で生まれました。

5人兄弟の末っ子として育ち、幼少期から学業優秀だったとされています。

ピアノや絵画の才能にも恵まれており、周囲からは“才色兼備”な少女として見られていました。

15歳という若さで九江師範学校へ進学。

当時は、教育の道へ進む優秀な学生として期待されていたようです。

しかし、その後の法子英との出会いが、彼女の人生を大きく変えることになります。

元教師として働いていた過去

ラオ・ロンジーは、事件前には教師として働いていました。

九江師範学校卒業後は、地元の国有企業付属小学校で勤務していたと報じられています。

現在では凶悪事件の関係者として知られていますが、もともとは教育現場に立つ立場だったことでも大きな注目を集めました。

教師という安定した立場から、重大事件へ関与したという点は、中国メディアでも大きく報じられました。

法子英との出会いで人生が激変

ラオ・ロンジーの人生が大きく変わったのは、1995年頃に法子英と出会ったことがきっかけです。

法子英は、前科を持つ地元のチンピラとされる人物でした。

当時のラオ・ロンジーは、そのワイルドな雰囲気や派手な生活ぶりに惹かれていったと言われています。

特に、高価な大型バイクを乗り回していた姿は、彼女に強い印象を与えたとも報じられました。

その後、ラオ・ロンジーは教師を辞職。

法子英と行動を共にするようになり、1996年から1999年にかけて発生した連続強盗・誘拐・殺人事件へ関与したと認定されました。

労栄枝事件の概要|何があったのか

労栄枝事件とは、1996年から1999年にかけて中国各地で発生した連続強盗・誘拐・殺人事件です。

労栄枝は、恋人だった法子英とともに犯行へ関与したとされ、裁判所は計4件・7人死亡の重大事件と認定しました。

裁判では、「単なる従属的立場ではなく、主導的役割を果たしていた」と判断され、主犯の一人として死刑判決を受けています。

  • 1996年〜1999年に4件の事件が発生
  • 南昌・温州・常州・合肥が主な犯行地
  • 計7人が死亡したと認定
  • 労栄枝は被害者を誘い出す役割を担っていた
  • 裁判所は“主犯”と認定した

1996年から1999年に4件の事件を起こした

労栄枝と法子英は、1996年から1999年にかけて、中国各地で連続強盗・誘拐・殺人事件を起こしたとされています。

裁判所が認定した事件は、以下の4件です。

  • 江西省・南昌市
  • 浙江省・温州市
  • 江蘇省・常州市
  • 安徽省・合肥市

2人は各地を移動しながら犯行を繰り返していたとされ、中国社会に大きな衝撃を与えました。

犯行は単発ではなく、複数都市にまたがっていたことから、長期連続事件として大きく報道されています。

南昌・温州・常州・合肥で計7人が死亡

裁判所によると、一連の事件では計7人が死亡したと認定されています。

労栄枝法子英
ターゲットとなる男性へ接近被害者を監禁・脅迫
自宅やアパートへ誘導待ち伏せして金品を強奪
被害者を油断させる役割殺害行為を実行したとされる

裁判所は主犯と認定

労栄枝は裁判で、「法子英から脅迫され、逆らえなかった」と主張していました。

しかし裁判所は、この主張を認めませんでした。

判決では、

  • 被害者の物色
  • 誘い出し
  • 拘束や監視への関与
  • 現場確認 犯行道具の購入

などに積極的に関わっていたと認定されています。

そのため、中国の裁判所は、労栄枝を“従属的立場”ではなく、共同犯罪における主犯の一人と判断しました。

ラオ・ロンジー(労栄枝)の20年逃亡生活とは

労栄枝は1999年に法子英が拘束された後、約20年にわたり中国各地で逃亡生活を続けていました。

逃亡中は、“雪莉(シェリー)”などの偽名を使いながら潜伏していたとされます。

そして2019年11月、中国・福建省厦門市でついに逮捕されました。

  • 1999年に法子英が拘束
  • 労栄枝は単独で逃亡を開始
  • “雪莉”など複数の偽名を使用
  • 水商売や販売員として働いていたとされる
  • 2019年11月、厦門で逮捕された

法子英拘束後に長期逃亡へ

1999年7月、法子英は合肥事件の際に警察へ拘束されました。

一方、労栄枝はその場から逃走し、その後約20年にわたる逃亡生活へ入ったとされています。

報道によると、法子英が拘束された際、労栄枝は「私は先に行きます。愛しています」という書き置きを残して姿を消したとも伝えられています。

当時、中国各地で事件が大きく報じられていたこともあり、労栄枝は長期間にわたり身を隠しながら生活していたようです。

“雪莉”などの偽名を使って潜伏

逃亡中の労栄枝は、“雪莉(シェリー)”などの偽名を使用していたとされています。

中国各地を転々としながら、

  • バーのホステス
  • ナイトワーク関連
  • デパートの販売員

などとして働いていたとも報じられました。

長期間にわたり身元を隠しながら生活していたことから、中国国内でも「20年逃亡していた女」として大きな注目を集めています。

一方で、周囲の人々からは「礼儀正しく穏やかな女性」と見られていたとも報じられており、重大事件の逃亡犯だとは気づかれていなかったようです。

2019年11月に厦門で逮捕

約20年の逃亡生活は、2019年11月28日に終わりを迎えます。

労栄枝は、中国・福建省厦門市のショッピングモールにいた際、警察によって逮捕されました。

報道によると、逮捕の決め手になったのは、中国の顔認証システム「天眼(スカイネット)」だったとされています。

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労栄枝の現在は?2023年12月に死刑執行

労栄枝は2023年12月18日に死刑が執行されています。

2019年の逮捕後、中国国内では大きな注目を集める裁判となりました。

労栄枝側は「法子英から脅迫されていた」と主張しましたが、裁判所は認めず、主犯の一人と判断しています。

  • 2019年11月に厦門で逮捕
  • 2021年に一審で死刑判決
  • 2022年に二審でも死刑維持
  • 裁判所は“主犯”と認定
  • 2023年12月18日に死刑執行
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2021年一審で死刑判決

2021年9月、南昌市中級人民法院は、労栄枝に対して死刑判決を言い渡しました。

判決では、故意殺人・強盗・誘拐の3つの罪が認定され、政治権利終身剥奪・全財産没収も言い渡れました。

裁判所は、一連の事件について「極めて残忍で社会的影響が重大」と判断しています。

2022年二審でも死刑維持

労栄枝側は一審判決を不服として控訴しました。

しかし、2022年11月、江西省高級人民法院は控訴を棄却し、死刑判決を維持しています。

二審争点裁判所の判断
法子英から支配・脅迫されていたのか精神的支配を受けていた証拠は不十分
逆らえない立場だったのか犯行へ積極的に関与していたと認定
従属的立場だったのか主犯の一人と判断

そのため、従属的立場ではなく、共同犯罪における主犯の一人と認定されました。

2023年12月18日に死刑執行

その後、最高人民法院が死刑を承認。

2023年12月18日、労栄枝の死刑が執行されました。

中国メディアによると、執行前には親族との面会も許可されていたとされています。

また、死刑執行には検察機関も立ち会い、手続きが進められたと報じられました。

なぜ「中国版・福田和子」と呼ばれたのか

労栄枝が中国版・福田和子と呼ばれた理由は、長期間にわたり逃亡を続けた女性犯罪者だったためです。

【福田和子とは?】
1982年に発生した「松山ホステス殺害事件」の犯人として知られる日本の女性逃亡犯です。
事件後、約15年間にわたり全国を転々としながら逃亡生活を続け、1997年に時効成立直前で逮捕されました。

デイリー新潮
  • 労栄枝は約20年間逃亡
  • 福田和子は約15年間逃亡
  • どちらも偽名を使いながら潜伏
  • 水商売をしながら生活していた点も共通
  • 容姿や外見変化が大きく注目された
  • 一方で、事件内容や被害規模には大きな違いがある

長期逃亡した女性犯罪者という共通点

労栄枝と福田和子には、長期逃亡した女性犯罪者という共通点があります。

人物逃亡期間
福田和子1982年〜1997年の約15年間
労栄枝1999年〜2019年の約20年間

どちらも逃亡中に、

  • 水商売で働いていた
  • 偽名を使っていた
  • 周囲へ正体を隠して生活していた

といった特徴があります。

福田和子事件との大きな違いとは

労栄枝事件と福田和子事件には大きな違いもあります。

項目労栄枝福田和子
逃亡期間約20年約15年
事件内容連続強盗・誘拐・殺人殺人事件
被害者数計7人死亡と認定1人死亡
犯行形態法子英との共犯単独犯
最終結果死刑執行無期懲役

このように、「長期逃亡した女性犯罪者」という点では共通していますが、事件そのものの性質は大きく異なります。

そのため、中国版・福田和子という呼ばれ方は、「長期逃亡した女性犯罪者」という共通点をもとにした表現と考えたほうがよいと考えられるでしょう。

まとめ

労栄枝(ラオ・ロンジー)は、約20年間の逃亡生活の末に逮捕され、2023年12月に死刑が執行された中国の重大事件関係者です。

長期逃亡や偽名を使った潜伏生活などから、「中国版・福田和子」と呼ばれ大きな注目を集めました。

  • 元教師から重大事件の関係者となった人物
  • 約20年間にわたり逃亡生活を続けた
  • 2019年に逮捕され、2023年に死刑執行
  • 長期逃亡などから“中国版・福田和子”と呼ばれた

労栄枝事件が大きな衝撃を与えた理由は、単なる長期逃亡事件ではなかったためです。

もともとは教師として働いていた人物が、法子英との出会いをきっかけに連続強盗・誘拐・殺人事件へ関与したと認定され、中国社会に大きな衝撃を与えました。

また、逃亡中は雪莉などの偽名を使い、中国各地を転々としながら約20年間も身を隠していたことでも注目を集めています。

裁判所は、「法子英に脅迫されていた従属的立場」という主張を認めず、犯行へ積極的に関与した主犯の一人と判断しました。

そのため、この事件は美女逃亡犯という話題性だけではなく、中国を代表する重大凶悪事件のひとつとして現在も語られ続けています。

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この記事を書いた人

30歳の女性で、日本のアイドル音楽を長年継続的に追いかけています。特に、なにわ男子とSnow Manを中心に、楽曲分析、歌詞の魅力、メンバーの個性、ライブ演出、メディア出演情報まで幅広くチェックしています。日々の情報収集を通じて、最新動向とあわせてグループの魅力や音楽性の変化も丁寧に把握しているのが強みです。アイドル文化への深い理解をもとに、初心者にも分かりやすく、正確で読みやすい情報発信を心がけています。

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