2002年5月8日に、中国の瀋陽にある日本の総領事館に男女5人の亡命を希望する脱北者が駆け込んだにもかかわらず、中国人民武装警察部隊に身柄を取り押さえられるという事件が起こりました。
亡命希望者の内の最も幼い少女の名前をとって「ハンミちゃん事件」とも呼ばれるこの事件は、最終的には脱北者がフィリピン経由で韓国に亡命し、日本側の関係者の多くが処罰されるという結果を招きました。
この記事ではこの「ハンミちゃん事件」の概要と、確認することのできるハンミちゃんやその家族の現在の様子をまとめています、
ハンミちゃん事件の概要は?ハンミちゃんと母親は現在どうしているの?
【簡単な回答】
- 「ハンミちゃん事件」は2002年5月8日に起きた
- ハンミちゃんは事件当時2歳11か月
- ハンミちゃん一家は最終的に韓国に亡命した
- 亡命後ハンミちゃんの両親は離婚
- ハンミちゃんは現在25歳で父親とソウルで暮らしている
詳しくは下からご覧いただけます!


ハンミちゃん一家のその後とは

| ハンミちゃん一家のその後 | |
|---|---|
| 2002年5月23日 | 韓国に到着 |
| 2005年3月10日 | ハンミちゃんの両親が結婚式を挙げる |
| 2006年: | ハンミちゃんと両親がアメリカを訪問。 ブッシュ大統領と面談 |
| その後1 | ハンミちゃんの母が中国に駆け落ち |
| その後2 | ハンミちゃんの両親が離婚 |
| その後3 | ハンミちゃんは父親と共にソウルの祖母の家に引っ越し |
新天地である韓国での生活は最初は順調だったようで、3年後の2005年にはハンミちゃんの両親が「念願だった」という結婚式を挙げています。
また2006年にはハンミちゃんと両親が渡米し、当時のブッシュ大統領と面談しました。
ハンミちゃんの両親は?

ハンミちゃん事件当時、父親のゴチョルさんは27歳、母親のイさんは28歳でした。
一家は脱北後、総領事館への駆け込みまでの間、中国に潜伏していたようです。
母親の離婚について
やがてハンミちゃんの母親であるイさんは、一家の持ち金や他の脱北者からの資金を持ち出して事業を始めるとして中国に渡りますが、この時に元々は支援者であった不倫相手の男性と一緒だったようです。

えーーー!
イさんの事業は結局上手くいかず、韓国に戻ったイさんはサギなどの容疑で逮捕されたようです
結局ハンミちゃんの両親は離婚。
ハンミちゃんは父親と一緒にソウルで暮らしていた祖母のもとに身を寄せたといういきさつが2025年5月10日配信の「デイリー新潮」の記事に綴られています。
2012年の時点ではハンミちゃんの父親であるゴチョルさんの就職が難しいという問題もあって、一家は経済的には苦労していたようです。
ハンミちゃんの現在は?
2012年の時点で、ハンミちゃんはすでに北朝鮮のことはほとんど覚えておらず、普通の韓国の少女として育っていました。
ハンミちゃんの話ではありませんが、幼少期に脱北した少女がK-POPの養成学校に入ったという話もあるようです。



ハンミちゃんもK-POPとか好きなのかも
ハンミちゃんはどこに住んでる?
2025年12月25日に放送された「池上彰&加藤浩次 昭和100年SP 決定的映像!心に刻まれた100人」ではソウルで父親と暮らす25歳のハンミちゃんの様子が出ていました。
ハンミちゃんは結婚してる?
26歳という年齢は結婚してもおかしな年齢ではありませんが、韓国も結婚年齢が上がっていますので、結婚していないことは珍しいことではないと思われます。
ハンミちゃんの仕事は?
未確認情報ですが「ハンミちゃんは韓国の大学を卒業している」という話もあります。
大学を卒業してソウルで暮らしているなら、何か安定した職業についている可能性が高いと思われます。



ハンミちゃんの人生にさちあれ
「ハンミちゃん事件」をわかりやすく解説


「ハンミちゃん」というのは5人の中で最年少の、当時2歳11か月だった女の子の名前です。
上の画像で門越しに取り押さえられる母親を見ている女の子がハンミちゃんです。
一緒に日本総領事館に駆け込みをはかった5人は、ハンミちゃんを含めて家族でした。
- 本人:金韓美(キム・ハンミ)2歳11か月
- 父:金高哲(キム・ゴチョル)27歳
- 母:イ・ソンヒ 28歳
- 祖母(父方)51歳
- 叔父(父の弟)25歳
前年に親せき一家が脱北
ハンミちゃんの一家はこのキルス少年の親戚にあたりますが、前年のチャン一家の脱北の時には同行をためらった一家だったようです。



1年前だとハンミちゃんを連れてのかけこみは厳しかったかも
キルス少年は脱北後、北朝鮮での出来事を絵や文章に綴っており、書籍としてまとめられています。


総領事館駆け込みの経緯
- 当初はアメリカ総領事館に駆け込む予定だった
- 下見をしたところアメリカの総領事館は警備が厳重で駆け込むことはむずかしかった
- となりの日本総領事館の門が人ひとり通れるほどにあいていた
- ハンミちゃんの父と叔父は門内に突入した
- ハンミちゃんを抱いた母と祖母が武装警察と激しいもみ合いとなった
- 武装警察は一度は門内に入ったハンミちゃんと母、祖母を門外に引きずり出した
- 日本の副領事が出てくるが、何も言わずに落ちていた武装警官の帽子を拾う
- 1時間ほど後にハンミちゃん一家は全員、武装警察に連行された



なんか領事側が弱腰過ぎない?
元の地図では日本総領事館の周辺にアメリカや韓国、フランスの領事館が集まっている地域であることがわかります。
当時は前年の9月に起こった同時多発テロの影響で、アメリカ領事館の警備はいつにもまして厳重でした。
一家はフィリピン経由で韓国に亡命
この事件をめぐる日本側と中国側の言い分は対立しました。
| 日本 | 中国 |
| 日本側が同意を与えたとの事実はない 感謝の意を表明した事実もない | 領事が同意し、かつ武装警察に感謝を表明した |
ハンミちゃん一家が北朝鮮に送還された場合「処刑される可能性が高い」との観測が出たこともあり、国際社会からの批判が高まりました。



領事館って治外法権だよね…
最終的に韓国が受け入れを表明し、一家は第3国のフィリピンを経由して、韓国に亡命することが出来ました。
亡命後ハンミちゃんの両親は「北朝鮮にいたらハンミは餓死していた」と語っていました。
まとめ




今回は、「ハンミちゃん事件」の概要と、ハンミちゃん一家のその後についてまとめました。
- 「ハンミちゃん事件」は2002年5月8日に起きた
- ハンミちゃんは事件当時、2歳11か月だった
- 一家は総領事館への駆け込み後、最終的にフィリピン経由で韓国へ亡命した
- 韓国での生活開始後、2005年には両親が結婚式を挙げた
- 2006年には家族でアメリカを訪問し、ブッシュ大統領と面談している
- その後、母親は中国に渡り、両親は離婚
- ハンミちゃんは父親とともにソウルで暮らすようになった
- 2025年末時点では25歳で、父親とソウルで生活していたとされている
- 職業は公表されていないが、大学卒業説などの未確認情報もある
この事件は、2002年5月8日に中国・瀋陽の日本総領事館へ亡命を希望する脱北者一家が駆け込んだにもかかわらず、中国人民武装警察に身柄を取り押さえられた出来事です。その後、一家は最終的にフィリピン経由で韓国へ亡命しました。
ハンミちゃん一家は韓国で新しい生活を始めましたが、その後の人生は決して平坦ではありませんでした。
両親は離婚し、ハンミちゃんは父親とともにソウルで祖母のもとに身を寄せることになったと記事内で整理されています。
また、2025年末のテレビ放送では、25歳になったハンミちゃんが父親とソウルで暮らしている様子が紹介されたとされています。
ハンミちゃん事件は、単なる外交トラブルではなく、幼い子どもを含む一家の人生そのものを大きく変えた出来事でした。
現在のハンミちゃんは、激動の幼少期を経て韓国で大人としての生活を送っていることがわかります。事件の衝撃だけでなく、その後をたどることで、この出来事が持つ重みをあらためて感じさせられます。







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